物心ついた頃から、基本的には自主性を重んじて育てられてきたように思う。

年相応のプレゼンをすれば、大抵やりたい事をやらせてもらえたし、それに飽きてしまったらすんなりと辞めることが許されていた。

好奇心旺盛な割に飽きっぽいところは昔から変わらず、色々なものに片足を突っ込んではすぐ飽きて、次の面白いことに熱中する。そんな感じで器用貧乏を極めていった18歳の私は、大学進学を控え、とにかく”次の面白いこと”に飢えていた。

「さて、次は何をはじめようか」

親元を離れて上京する。両親を説得するプレゼン資料はもう必要ない。18年間で唯一、理不尽に閉ざされ続けた扉を開ける時が来たと悟っていた。

朝起きるとクラシックかBBCを流し、日曜日は着物でお茶会へ。この世の全ての花の名前を知っていて、花が視界に入るたびに「この花何か知ってる?」と訪ねてくる。

私を育てたのはそういう母だった。

エルガーの愛の挨拶が電話を知らせると、電話そっちのけで私のバレエを見よう見まねで下手くそに踊る、30歳も年上の大人を、子供ながらすごく心配したのを覚えている。

彼女が普通なのか異常なのかはまあいいとして、そういう母親に育てられた飽き性の私は、兎にも角にもそういう”綺麗な世界”に、心底飽き飽きしていた。

「18年間できなかったことをする」

気がつけば、そんな使命感が芽生えていた。

音楽会より一輪車が好きなのだと、一世一代の告白した6歳の春から、母の趣味に無理矢理巻き込まれることはなくなったので、息苦しさを感じたことはなかったけれど、不可解なことがひとつだけあった。

ダンスがやりたくてバレエをやめたのに、ダンスを習わせては貰えなかった。

理由は今でも不明なままだが、母の(私には一生理解できない)美学には反する存在だったのだろうと解釈している。とにかく当時の私にとって、それは自己表現の場がひとつ閉ざされたことを意味していた。

目立つ事が昔から大好きだから、ダンスがダメだとわかっていれば絶対にバレエは辞めなかったのに!そうしたら今頃憧れの柔軟性と屈強な体幹を手に入れたに違いないのに!

少し話が変わって、18歳の私にはひとつの心残りがあった。

大好きだったはずのバスケを、中学で辞めてしまったことだ。飽き性の私が唯一小学校を通して熱量を全振りし続けられたのがミニバスだった。

中高一貫の私学でもバスケ部に入ったものの、1年足らずでテニス部に転部した理由。あれから10年間、「顧問が怖くて部員が1人になってしまって」と濁してきたけれど、あの頃の私は本当は1人でもバスケを続けたいはずだったのに。

宿題の未提出で居残りを命じられる常連が、どこのクラスにも5人はいると思う。その中の1人が私だった。

「居残りになったので部活に遅れます」

恐ろしい顧問に、そう伝えて雷を落とされたのはつい前日のこと。どうして当たり前のことが出来ないのか怒鳴り散らされても、私にとって宿題をする行為は生まれてこの方非日常だったので、返す言葉もない。

今思えばそれに懲りてどうして宿題をしなかったのか甚だ疑問でしかないのだけれど、とにかく私はどうしても宿題ができなかった。

そして、顧問の雷が恐ろしくて、勢い任せにバスケを辞めたのだ。

なんて奴だ。と思えるようになったのは、テニスに飽き、陸上部に入った先で出会った自分にストイックすぎる連中に揉まれ、自分の性根のなさを自覚してからだった。

ちなみに、バスケをやめた理由は、あまりにも恥ずかしいので親にも友人にも話したことはない。

そんなわけで、「ステージに立ちたい」欲と「バスケがしたい」欲が再燃し、4月からの大学生活に思いを馳せてサークル探しをする日々の中で、私はフリースタイルバスケットボールと運命の出会いを果たしたのである。

今思えば、 ちょっと笑ってしまうような動画だけれど、最初の足踏みも100回は眺めたかもしれないくらいに、当時の私はワクワクした。アキラさんの当時の彼女に撮ってもらったらしいこの2分22秒が、私にとっての始まりだった。

そんなわけで、無事早稲田大学に入学した私はすでに入サーを堅く決意していて、顔文字の入りまくった痛々しいDMをわせぼのTwitterアカウントに送りつけたのである(ちなみにDMは幹部になったその日に抹消した)。

タオルを頭に巻いた棟梁のような人や、明らかにサイズ違いなパーカーに身を包んだ人、幼稚園の頃にかぶったような帽子を被る人たちに、内心首を傾げながら、

誰とは言えないが、髪が金髪のギャルみたいな先輩に「門限あるならうち泊まる?」と言われて命の危機を感じながら、

同期のひょろっこい少年の”経験者マウント”に敵対心を刺激されて、えびさんの面倒見の良さにすっかり戸山が大好きになり、そんなこんなで私の大学生活は念願のバスケットボールとともに幕を開けた。

18年間育った文化と、これから4年間で出会う文化のギャップに戦慄し、苦悩することになるのは…また別のお話。

 

next is … ???

Writer: ruri(↗︎@lapis_ruri.k